印象派アートの画家モネ、彼が愛し続けたジヴェルニーの庭。実はフランス・ジヴェルニーが日本だけに公認した場所があります。

印象派アートの画家モネ、彼が愛し続けたジヴェルニーの庭。実はフランス・ジヴェルニーが日本だけに公認した場所があります。

モネのジヴェルニーの庭、別名クロ・ノルマンの庭。

ジヴェルニーといえば、モネが美しい庭を自分で作り続けたところとして有名ですよね。1883年から1926年に亡くなるまでこの地に住んでいました

モネの庭は、モネのパレット!

パリから北西に80キロほど離れた、この村へ移り住んだのは43歳の時。フランスの北西部はシードル(リンゴのお酒)の産地で、モネが移り住んだ場所もりんご園だったので、そこを家族と一緒に自分の庭園へ変えていきました。

庭は、花の庭(12,000平方メートル)と池の庭(8,000平方メートル)に分かれていて、花の庭には、母家の一階に第1アトリエがあり、第2アトリエと第3アトリエはそれぞれ別棟となっていました。(第3アトリエで睡蓮の作品が描かれていた。

そのほか庭師さんのお家、七面鳥、鶏の飼育小屋や野菜畑、そして大好きな花をたくさん植えた花壇がいくつもありました。

花の庭に植えられていた花は、桜、グラジオラス、ヒメリンゴ、ポピー、水仙、ユリ、ヒヤシンス、チューリップ、ヒマワリ、ライラックなどモネが好きなのものを季節ごとに植え替えていました。

とにかく絵の制作と同じように、モネは庭いじりが大好きで、そこに自分の絵のヒントを求め、また”現実の庭”という絵を描いていたのでしょう。

池の庭の植物は、みなさんご存知の睡蓮。それ以外にも牡丹、ヤナギ、銀杏、アイリス、藤、竹、ラスベリーなどが育てられていました。池には日本の太鼓橋を模した橋もかかっており、これは作品にも描かれています。 

  

モネは食べること全般にこだわっていた!

モネは、食べること全般にこだわりがある美食家でした。池では、大好物の川カマス(日本では馴染みのない魚。恐らくパイクの事だと思います。)を飼育して食べていましたし、モネの好きな料理レシピノートが6冊も見つかり、現代に書籍としてまとめられ、また再現されたりもしています。

そのノートに、どんなレシピがあったかというと、にんにくのスープ、リヨン風ポーチドエッグのグラタン、ポークチョップのフォワイヨ風、ピスタチオとホウレン草のケーキ・・・などなど。

小説家である原田マハさんの著書「ジヴェルニー食卓」にも、いくつかのメニューが出てきます。小説に出てくるガトー・ヴェール・ヴェールというデザートがどんなもの?とっても気になります。

食ベルこと全般に強いこだわりがあるとモネは、もちろん調理の場、食事の場にも、気を配っています。キッチンは、ブルーの紋様を基調にしたタイルで統一され、食事を取るダイニングは、クロームイエロー(やや赤色の入った黄色)で統一。食器も自らデザインしていたんだとか。もうジヴェルニーの家と庭にモネの全てがあるように感じます。

 こちらは晩年に描いた睡蓮の池と太鼓橋。ほぼ抽象画になっていますね。

睡蓮にいたっては、わかっている作品だけでなく、モネ自身が気に入らず破り捨ててしまったものも相当数あり、実際に描いた数はとてつもないほどだと言われています。

世界で唯一日本にあるジヴェルニー公認「モネの庭」

モネが後半生をかけて作り上げたジルヴェニーの庭、そのものがモネのアート作品と言えます。実は、現代の日本に、フランス・ジヴェルニーが世界で唯一公認している日本版モネの庭があります。

そこは「高知県北川村モネの庭マルモッタン」といい、ジヴェルニーの庭をモデルに、モネの世界を再現しているところです。

かさたびでモネの作品をデザインしたアート傘を持って、高知県のモネのに庭へ旅行なんていかがですか。

美術検定1級アートナビゲーターもっているおじさんスタッフより

  

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